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横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)3326号 判決

原告 甲野四郎

右訴訟代理人弁護士 宮瀬洋一

同 久江孝二

被告 甲野三郎

右訴訟代理人弁護士 永峰重夫

右訴訟復代理人弁護士 岸哲

同 武内大佳

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

(主位的請求の趣旨)

1 被告は原告に対し、金五〇〇〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(予備的請求の趣旨)

1 被告は原告に対し、別紙不動産目録記載1(一)、3、4(一)、(二)、5ないし14の各不動産につき、真正な登記名義の回復を原因とする、持分の割合各一五分の一による共有持分移転登記手続をせよ。

2 被告は原告に対し、金二八五万九九九九円及びこれに対する昭和六二年六月二二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は被告の負担とする。

4 2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(主位的請求に対し)

主文同旨

(予備的請求に対し)

1 訴の予備的追加的変更を許さない。

2 訴の予備的追加的変更が許されるときは

(一) 原告の予備的請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  主位的請求の原因

1  訴外甲野太郎は、昭和五五年一一月一七日死亡した。同人の法定相続人は、妻花子のほか原告(四男)、被告(三男)、甲野春子(長女)、乙山夏子(次女)、丙川冬子(四女)であり、以上の六名がすべてである。

2  別紙相続財産目録一及び二記載の不動産は、太郎の遺産である。なお、同目録一13ないし15は被告の所有名義であるが、実質は太郎の所有である。

3  被告は、昭和五六年二月九日、太郎の「別紙相続財産目録二記載の不動産を甲野春子に、その余の遺産全部を甲野三郎に、それぞれ相続させる」旨の遺言公正証書に基づいて、同目録一記載1ないし12の不動産について、相続を原因とする所有権移転登記を経由した。

4  右遺言公正証書による被告への遺産の贈与が原告の遺留分を侵害していることは明らかであるので、原告は、昭和五六年五月初め頃被告に対し、遺留分減殺請求の意思表示をした。

5  右遺留分減殺請求を承けて、原告と被告との間で話し合った結果、昭和五六年六月八日頃、被告は右遺言公正証書が原告の遺留分を侵害していることを認め、原告に対し遺留分相当額の価額弁償として五〇〇〇万円を支払うことを約束した(以下「第一示談契約」という。)。

6  そして、昭和五六年六月八日、被告は原告に対し、第一示談契約に基づく五〇〇〇万円の支払いに代えて、被告所有の別紙物件目録(一)1記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有権を移転する旨を申し入れた。その際、被告は、「本件土地は被告所有地のうちで一番良い土地であり、公道に面していて、建築確認もすぐ取れる。縄延びがあるので実測は一二五坪以上ある。坪当たり五〇万円はするから、時価五〇〇〇万円以上である。」と説明した。

原告は、被告の右言葉を信用し、現地も、登記簿謄本も見ないで、被告の右代物弁済の申入れを承諾した(以下「第二示談契約」という。)。

7  ところが、その後、原告が現地に赴き調査したところ、

(一) 本件土地は公道に面しておらず、建築確認も容易に取れる場所でないこと

(二) 本件土地の実測面積は、二九五・一五〇一平方メートルしかないこと

(三) 本件土地の時価は、坪当たりせいぜい五万円程度であること

が判明した。

8(一)  前項(一)、(二)、(三)によると、第二示談契約は、要素に錯誤があるので、無効である。

(二) 仮に無効でないとしても、被告は原告に対し、本件土地について、真実は前項(一)、(二)、(三)の事情があるのにこれを秘し、6項記載のごとく説明し、原告を欺罔しその旨誤信させて第二示談契約を成立させた。

従って、第二示談契約は詐欺によるものであるから、原告は、昭和六〇年二月一三日の本件口頭弁論期日において、右契約を取り消す旨の意思表示をした。

9  よって、原告は被告に対し、主位的請求として、第一示談契約に基づき、示談金五〇〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六〇年一月一一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  予備的請求原因

1  主位的請求原因1項ないし3項と同じ。

2  太郎の遺産は、主位的請求原因2項記載の不動産をはじめ八億円以上あり、これに対する原告の遺留分は一五分の一であるところ、前記遺言公正証書による被告への遺産の贈与が原告の遺留分を侵害していることは明らかであるので、原告は、昭和五六年五月初め頃被告に対し、遺留分減殺請求の意思表示をした。

右意思表示により、原告は、別紙相続財産目録一記載1ないし15の不動産について、持分の割合各一五分の一の共有持分権を取得した。

3  主位的請求原因5項ないし8項のとおり、第二示談契約は、無効ないし取消されたので、原告は、依然として、太郎の遺産について持分一五分の一の割合による共有持分を有している。

(一) 太郎の死亡後、別紙相続財産目録一記載1の土地は、別紙不動産目録記載1(一)、(二)の土地に、同相続財産目録一記載4は同不動産目録記載4(一)、(二)に、それぞれ分筆された。

(二) そして、別紙不動産目録記載1(二)は小林恒に、同目録記載2は神奈川県に、同目録記載15は建設省に、それぞれ所有権移転登記がなされており、もはや、原告は被告に対し共有持分の移転登記を求めることはできず、価額弁償しか求められない。

(三) ところで、右所有権移転時におけるそれらの価額は、

① 別紙不動産目録記載1(二)の土地 一八〇〇万円

② 同2の土地 三五〇万円

③ 同15の土地 二一四〇万円

である。そして、右土地の価額の一五分の一は、①が一二〇万円、②が二三万三三三三円、③が一四二万六六六六円、合計二八五万九九九九円である。

4  よって、原告は被告に対し、予備的請求として、遺留分減殺請求権に基づき、別紙不動産目録記載1(一)、3、4(一)、(二)、5ないし14の各不動産につき、真正な登記名義の回復を原因とする持分各一五分の一の割合による共有持分移転登記手続並びに二八五万九九九九円及びこれに対する昭和六二年六月二二日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  主位的請求原因に対する認否

1  請求原因1項は認める。

2  同2項は否認する。別紙相続財産目録一13ないし15の土地は、被告が自ら買い受けたもので被告の所有である。

3  同3項は認める。

4  同4項のうち、遺言公正証書による被告への遺産の贈与が原告の遺留分を侵害しているとの点は不知、遺留分減殺請求の意思表示の事実は否認する。

5  同5項は否認する。

6  同6項は否認する。ただ、原告主張の頃、本件土地を被告に贈与したことはある。

7  同7項のうち、(一)の本件土地が公道に面していないことは認め、その余は不知。

8  同8項(一)は争う。同項(二)の前段は否認し、後段は争う。

9  同9項は争う。

四  訴の予備的追加的変更に対する異議

1  本訴主位的請求は、原告と被告との間に成立した示談契約に基づきその履行を請求するものであるところ、予備的請求は遺留分の減殺請求権に基づくものであり、両者は請求の基礎を異にするものというべきである。

2  本訴主位的請求については、当事者双方の立証活動もほぼ完了し、昭和六二年六月二二日の口頭弁論期日において弁論が終結される予定であったところ、原告は、右口頭弁論期日において、訴の予備的追加的変更の申立をしたが、右予備的請求については、原告の減殺請求の意思表示の有無、太郎の遺産の確定とその評価、原告の特別受益の確定とその評価、原告の具体的遺留分額の算定等について新たに審理をする必要があり、そのために相当長期の日時を要することは明らかであるから、右予備的請求の申立は訴訟手続を著しく遅滞させるものとして許されるべきではない。

五  予備的請求に対する認否及び主張

1  請求原因1項については、主位的請求原因1項ないし3項についての認否と同じ。

2  同2項前段のうち、原告の遺留分が一五分の一であることは認め、太郎の遺産が八億円以上であること、被告への遺産の贈与が原告の遺留分を侵害していることは不知、その余は否認する。同項後段は争う。

3  同3項のうち、(一)は不知、その余は争う。

4  同4項は争う。原告は具体的遺留分を有していない。

(一) 原告は、太郎の生前に同人から別紙物件目録(二)記載の不動産の贈与を受けた。

(二) 原告の供述によると、右贈与を受けた土地(約二三〇坪)は時価坪当たり六〇万円であり、建物は二〇〇万円以上であるとのことであるから、原告の特別受益は、一億四〇〇〇万円になる。

(三) 原告は、太郎の遺産は八億円であると主張しているが、これと右特別受益を基礎として原告の具体的遺留分を算定すると、六二六七万円となる。

(四) 右のとおり、原告は、既に生前贈与により遺留分の二倍以上の特別受益を得ていることになるから、具体的遺留分がないことは明らかである。

第三証拠《省略》

理由

(主位的請求について)

一  請求原因1項の事実、同2項のうち別紙相続財産目録一記載1ないし12及び同目録記載二の不動産が太郎の遺産であること並びに同3項の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、第一示談契約の成否について判断する。

前記一の事実並びに《証拠省略》を総合すると、次の事実が認められる。

1  太郎は、別紙財産目録一(13ないし15を除く。)及び二の農地等を所有し、農業を営んでいたものであり、被告は地元の高等小学校を卒業後太郎を助けて農業に従事し、昭和四〇年頃から太郎に代わって農業を営んでいるもの、原告は甲田高等学校を卒業し、昭和四四年頃から家畜商を始め、現在は家畜商と食肉店を経営しているものである。

2  太郎は、生前、その所有の土地を丁原五郎に売却し、昭和三七年九月七日原告のため別紙物件目録(二)記載の土地を買い受け、同日原告名義の所有権移転登記を経由し、更に、昭和四〇年六月三〇日右土地の上に同目録記載の建物を建て、昭和四四年一月二一日贈与を原因として原告に対し所有権移転登記をした。

3(一)  原告は、太郎の生前、同人が遺言公正証書を作成したことを聞き、その内容の概略も聞知していたが、被告が相続を原因として別紙相続財産目録一記載1ないし12の土地について所有権移転登記をした後の昭和五六年五月始め頃、姉甲野春子から太郎の自筆の遺言書が発見された旨の連絡を受け、右春子宅に被告及び乙山夏子を呼び出した。

(二)  右遺言書(三葉の文書及び封筒には、昭和五一年一月二五日の日付の記載があり、そのうちの二葉には、乙田市《省略》九一八番畑二反五畝六歩(別紙相続財産目録一11)を、甲野春子、乙山夏子、丙川冬子、甲野四郎、甲野三郎の「五人デ仲ヨクタイラニワケルコト」と記載されていた。原告は被告に対し右遺言書を示し、右文面に従って上記土地を分割することを要求した。

(三)  被告は、右遺言書の日付が遺言公正証書の作成より以前であるので、遺言としての効力がない旨を告げてこれを拒否すると、原告は被告に対し暴行を加えたので、被告は自宅に帰ったところ、これを追うように原告、春子、夏子が被告方を訪れ、原告が再度遺産の分与を要求し、被告がこれに応じないと暴力沙汰に及んだ。

(四)  被告は、原告の執拗な要求に困惑し、叔父の甲野松夫に相談し、親族間の紛争を円満に解決するため、自己所有の後記二筆の土地を原告に贈与することとして、その処置を同人に一任した。

(五)  甲野松夫は、弟の甲野竹夫、戊田梅夫(いずれも原告、被告の叔父)と協議し、太郎の遺産の一部を要求する原告を説得し、結局、贈与を受ける土地について原告から一任され、松夫の子一夫に念書原案を作成させ、昭和五六年六月八日松夫宅に被告を呼び、甲野竹夫、戊田梅夫が立ち会い、右原案を被告に示してその承諾を得て署名押印を得た。次いで、松夫宅に呼ばれた原告は、右念書に記載された後記土地の状況等について詳細は知らなかったが、前記遺言書に記載された土地より価値が高いとの説明を受け、納得して署名指印した(念書)。

(六)  右念書は、被告がその所有する乙田市《省略》三九四八番田二畝七歩(本件土地)、同三九四九番田二畝二二歩を原告に贈与する旨を骨子とするものであり、被告の意向により、一夫が「乙山夏子の分は甲野四郎が責任を以て処置する」旨を書き加え、原告もこれを了承した。

(七)  右二筆の土地のうち、三九四九番の土地を甲野夏子が取得し、本件土地を原告が取得し、原告は本件土地につき昭和五六年九月二五日贈与を原因とする所有権移転登記を経由した。

右両土地は公道に面していない桑畑で、公簿面積は、本件土地が二七七平方メートル、三九四九番の土地が三三七平方メートルであるが、その実測面積は両土地を合わせて五九七・二六平方メートル(一八〇・六七坪)であった。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

右事実によると、原告は、太郎の自筆遺言書を根拠に被告に対し別紙相続財産目録一11の土地の分割を要求した結果、被告が原告に対し自己所有の本件土地を贈与したものと認められる。

原告は、昭和五六年六月八日頃第一示談契約が成立した旨主張する。しかしながら、同年五月始め頃原告が被告に対し右遺言書を根拠に右土地の分割を要求して物別れとなってから前記念書が作成されるまで、原告と被告は顔を合わせておらず、従って、金員支払の点について当事者間で話し合ったこともなく、その旨の文書も作成されていないのであり、これらの事実及び上記認定の念書作成に至る経緯に照らしても、被告が原告に対し五〇〇〇万円の金員の支払を約束した事実を認めることはできない。

なお、右念書の作成に至る経過の中で、甲野松夫や甲野一夫が原告に対し、本件土地の価値が五〇〇〇万円を超える旨を話したことは窺えるが、それは、被告から本件土地は被告所有土地のうちでも市街化区域にあって良い土地であるとの説明をきいた同人らが原告を納得させるため五〇〇〇万円以上の価値のある土地を与えるという趣旨で話したものであることが窺われるので、これをもって、被告が原告に対し五〇〇〇万円を支払うことを約したことの証左とすることはできない。

他に、第一示談契約の成立を認めるに足りる証拠はない。

三  以上のとおり、第一示談契約の成立を認めることはできないので、これを前提とする第二示談契約の成否、その効力、取消等について判断するまでもなく、主位的請求は理由がないから、棄却を免れない。

(予備的請求について)

被告は、原告の予備的追加的訴の変更に対し異議を申立て、右予備的請求は主位的請求と請求の基礎を異にするものであり、仮に、請求の基礎が同一であるとしても、訴訟手続を著しく遅滞させるから、右訴の変更は許されないと主張する。

1  右両請求は、原告の主張に照らして明らかなとおり、原・被告の亡父太郎の遺産相続に関して発生した紛争であり、主位的請求は原告の遺留分減殺請求に対する価額弁償としての示談契約に基づく契約金の支払請求事件であるのに対し、予備的請求はその前提である遺留分減殺請求に基づく不動産の持分移転登記等請求事件である。右によると、両請求は、請求の原因、態様を異にするものの、請求の背景である紛争は同一であり、請求の基礎に変更があるということはできない。

2  ところで、右予備的追加的訴の変更は、昭和六二年六月二二日の第一八回口頭弁論期日に陳述された同日付準備書面によってなされたものであるが、本件訴訟の経過に徴すると、本件は、原告主張の第一示談契約の成否及び第二示談契約の効力の有無を主たる争点として審理が行われ、同年五月一三日の第一七回口頭弁論期日において証拠調を終了し、第一八回期日は当事者双方が最終準備書面を陳述し、弁論を終結することが予定されていたものであり、このことは本件記録上明らかであり、或いは当裁判所に顕著な事実である。

右のとおり、本件訴訟手続は終結予定の段階にあったところ、仮に、予備的請求について訴の変更を許すとなれば、遺留分減殺請求の態様、太郎の遺産の確定とその評価、原告の特別受益の確定とその評価、具体的遺留分の算定等について更に証拠調をすることが必要であり、かくては、既に終結の段階にある本件訴訟手続が更に遅滞することは明らかである。

そうすると、予備的請求については、民事訴訟法二三三条に則り、訴の変更を許さないこととするのが相当である。

(結語)

よって、原告の主位的請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官  蘒原孟)

〈以下省略〉

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